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-キリマンジャロ登頂記-

2006年10月1日


スポーツ大好き人間ながら、マラソンと登山だけはゴメンと思っていた岡ちゃん。それがどうしたことか、この夏、アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ登山に挑戦することになってしまった。

そもそも、登山と言えば中学時代に伯耆大山(1,729m)に登って以来、テントに寝るのは小学校のキャンプファイアー以来という私が、どうしてキリマンジャロに?きっかけは、今年の冬、スキー仲間のSさんから「友達の古山さんがキリマンジャロに行く計画を立てているよ」というお話しを聞いたこと。サバンナのかなたにそびえる雪の山、植村直己さんも登ったアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ・・・これは面白そうだと飛びついた。

とは言え、インターネットで調べてみると、高山病と寒さで大変だという情報が多く、登山経験のない自分にはあまりにも無謀ではないかと迷うこと三ヶ月。結局、電話口の女房から「結構簡単に登れるらしいよ。がんばってねー」と明るく突き放され、不安を感じながら古山さんに連絡を取ったのが五月中旬のこと。古山さんは、私のことはお聞きになっていたようで、「サッカーをやってらっしゃるから大丈夫よ」と暖かく迎えて頂いた。うれしいことに、テニス仲間の鈴木さんもご主人と参加されるとのこと。

1.豪華ツアーと仲間たち

ツアーは、会員数七十万人と言われるドイツサミットクラブ主催の企画で、ミュンヘン八月十七日発、二十八日帰着。二日間のサファリツアーと7日間の登山を合わせた十二日間のパック旅行。参加者は十人。

登山ツアーは、標高1,800mの登山口から頂上5,895mまで、標高差約4,000mを五泊で登り、下りは一泊で標高1,700mの別の登山口に降りるという合計七泊八日のコース。リーダーを含む三人のガイドとコックに加え、テントや七日分の食料、水を運ぶポーターが、なんと四十二人。我々登山客の荷物は、一人当たり十五キロまではポーターが運んでくれるので、登山客が背負うのは一日分の水やスナック、着替え程度。ガイドに先導されてゆっくり登って行く我々を二十キロの荷物を持ったポーター達がどんどん追い越して行き、キャンプ地に到着すると、すでにテントが設営されていて、食堂用テントにお茶とおやつが用意されているというのが毎日のパターン。食事も、スープ、メインディッシュ、デザートと毎回工夫されたおいしい料理が提供され、まさに自分の体だけ運べばよいという至れり尽くせりのツアーだった。

参加メンバー十人の内、古山さん、鈴木さん両ご夫妻以外の五人とは、空港での初顔合わせ。なんと、私より年下は四十歳の高校教師リック君だけ、最高齢六十八歳のクリスタお姉さんを筆頭に六十歳以上が四人も。リックはフルマラソンも走る鉄人のようなお兄ちゃん、そして年上のお兄さんお姉さん方は、いずれも定年後の有り余る時間を費やしていらっしゃる熟練の登山マニア。中にはヒマラヤ経験ありと言う人もいて、「この人達についてゆけるだろうか」と不安一杯のスタートです。

2.さあ登山

八月二十日(日)自然公園での二日間の足慣らしを終え、いよいよキリマンジャロ登山に出発。この初日がなんともきつかった。ポーターの荷物手配が遅れ、午後半日で最初のキャンプ地までの標高差1,200mを登ることになった。遅い昼食と予想以上に早いペースに、わずか四、五キロのリュックがずしりと重く感じられ、キャンプ地に着いた時は心身ともに疲労困憊。はるかかなたにキリマンジャロの頂を見ながら、これから七日間大丈夫だろうか・・・グスン。そんな私の様子を見てリーダーガイドのディスマス君が声をかけてくれた。「岡ちゃん大丈夫よ。ミネラルウォーターを一日三リットル飲む。深呼吸する。そしてゆっくり歩く。問題ないよ!」・・・ほんとかよー?!

3.雲上のテント生活

翌日からは、歩きながらでも頻繁に水分補給をしながら、前を歩く小柄なクリスタお姉さんの歩幅に合わせて一歩一歩進むことを心がけた。そして、ゆっくりした呼吸に合わせて、声を出さずにいろんな歌を繰り返し歌った。中島美由紀、小椋桂、谷村信司・・・みんな勇気付けてくれた。

遠くを見ると遅々とした自分の歩みに絶望的になってしまうけれど、半日歩くと確実に雲が下に遠ざかり、頂上が近づいていることが実感できる。こうして、やっと自分のペースが掴むことが出来、元気が出てきた。

好天に恵まれ、二日目以降は、雲を眼下に見ながらの爽快なトレッキング。高地順応の時間があったせいか高山病の症状も感じない。キリマンジャロの山塊がだんだんと大きく迫って来る。そして五日目の八月二十四日(木)午後、最高所標高4,600mのキャンプ地に無事到着した。夕食前のひと時、雲海に沈む夕日に照らされたキリマンジャロの山塊が圧倒的な迫力で眼前に迫る。立体映画の中に身をおいたような壮大な眺めに、ただただ息を呑むばかり。

4.頂上アタック

何と言っても大変だったのは、標高4,600mのキャンプから徹夜で標高差1,300mを登る頂上アタック。八月二十四日(木)深夜十一時半にキャンプを出発し、厳しい寒さの中ヘッドランプに照らされる足元を見ながら一歩一歩頂上を目指す。酸素が薄いせいか靴の中に入れたホッカイロも効き目がない。先行する登山者のヘッドランプの列が頭上はるか上方にゆらめいている。出発して二時間目にはリュックサックを背負うのさえ耐えられなくなり、情けないけどガイドに背負ってもらった。ひたすら深呼吸を続けるが体に力が満ちてこない。小休止が待ち遠しい。

四時間ほどたった頃、いよいよ苦しくなった。「ここでダウンしたらどうなるんだろう?」「限界というのはどういう状態なんだろう?」と考えているうちに、「もうだめだ!ここで倒れたらみんなに迷惑をかけてしまう。」と脇の岩に座り込んだ。ガイドのウィリアムが側に来て水を飲ませてくれた。水筒の水が凍りかけていてシャリシャリとしている。呼吸が少し落ち着いた。「急な登りはあと一時間だからがんばれ」とウィリアムに励まされ、なんとか列に復帰し再び歩き始めた。結局そこから二時間かかった。

日の出前の明るさが増してきた頃には何とか急斜面を登りきり、火口壁のステラポイント5,755mにたどり着いた。あとは、最高所のウフルピークまで尾根伝いの緩やかな上りを一時間だ。ウィリアムがマンツーマンで付き添ってくれ、皆から遅れて二人でとぼとぼと頂上へ。朝日が昇り少し暖かくなってきたが風景を楽しむ余裕はない。

5.頂上で

スタートしてから七時間後、疲労困憊ながら頂上に到達。いや、その前にもう一つ、筆舌に尽くしがたい試練が待っていた。

尾根道を頂上に向かっている時、便意を催してきた。狭い尾根道に後続の登山者がちらほら見える。世界遺産の山頂をウンチで汚していいのか?氷点下十二度の寒風にお尻を出したらどうなるのか?・・・ぼんやりした頭が急回転し始めたが、優先順位が変わるわけもなく、岩陰に駆け込んだ。ホッとして身づくろいをして、さあ登山道に戻ろうという時・・・体が凍りついた。ワーオ!あのドイツ製のしっかりしたティッシュペーパーが、風に吹き上げられて宙に舞い上がったあ!そして後ろから登ってきた女性の前を・・・オオー!最悪の情景が脳裏に浮かんだ・・・が、幸いその女性は意識もうろうとした状態で、目の前を舞うティッシュペーパーには気付かず、やがてティッシュは氷河の向こうに飛んで行った。どっと疲れが出た。

そしてついに頂上へ。5,895mのアフリカ大陸最高所に立つことが出来た。既に全員登頂しているらしく、古山さん、鈴木さんの顔も見える。登頂成功率六、七割と言われる中、平均年齢六十歳近いメンバー全員が登頂達成したのはすごい。ウィリアムに記念写真を撮ってもらっていると、涙がぼろぼろこぼれてきた。「この涙は何なんだ?」と思いながらも分厚い手袋で涙をぬぐうこともできない。いつも明るい笑い声で僕の緊張した心を和ませてくれていたインゲお姉さんとひしっと抱き合った。彼女が耳元でささやいた「オカニート、フレンド・オブ・マイライフ!」という言葉に、またまた涙がどっとあふれてきた。

6.下山

登頂のあとは、その日の内に標高差2,800mを駆け下りるという強行軍。最後まで気を抜かないよう、集中力を切らさないようにと自分自身に言い聞かせながらの下山だった。キャンプ地に着いた時はくたくた。夕食後すぐに寝袋に潜り込み、トイレに起きることもなく、朝までぐっすり眠ってしまった。

最終日、登山口が近づくにつれ、仲間たちの会話が明るく穏やかになってくる。密林地帯に入る頃には、木々の臭いやせせらぎの音、鳥の鳴き声が懐かしく五感に響いて来る。湿り気を含んだ空気がおいしい。登山口で下山手続きを済ませ、迎えの車で宿泊予定のロッジに向かう。車窓から見るタンザニアの人達の生活風景に硬くなっていた心が溶ける。

7.振り返って

多くの宇宙飛行士は、地球に帰還してからその人生観が変わったという。登山前、自分も六千メートル近い高山という非日常体験を通じて人生観が変わるのではないかという期待があった。・・・が、山頂では、訳の分からない涙が出た以外、何も考える余裕はなかった。頂上での風景も、ティッシュが風に舞っている光景が脳裏に焼き付いているくらいで、早く降りたいという気持ちで一杯だった。

でも、キャンプ生活中は、いろいろ考えることがあった。夕日に浮かび上がる山塊を見ながら、あるいは、満天の星を見ながら思ったのは、家族のこと、部下や先輩、友人達のこと・・・結局「人」のことばかりだったように思う。人、これが自分にとって一番大切なものだと実感した。

そして、無味乾燥な高山から下山した時に感じたのは、人々が生活する緑豊かな土地の懐かしさと有り難さだった。そう、「宇宙飛行士が、暗黒の宇宙に浮かぶ青く輝く地球に対して、言いようもないいとおしさを感じ、創造主の存在を感じた。」と言う話しに共感を覚えるような体験だった。

学んだこと。その一。凡人には達成不可能と思われる高い目標でも、そこに至るマイルストーン(道程)を明確にして、目の前の目標を一つ一つクリアーして行けば達成出来るということ。その二。高い所に上がると、今まで想像もしなかった視野が開けてくると言うこと。その三。ドイツのお兄さんお姉さん達のパワーはすごい。

得難い体験となったキリマンジャロ登山・・・もう一度行きませんかと誘われたら「ノーサンキュー!」 今度行くとすれば、ヘリコプターに酸素ボンベ積んで、頂上からの景色を楽しみたいです。

以上





minamigaokakc | キリマンジャロ | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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