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ミュンヘン便り−ワールドカップを振り返って−

2006年8月8日


今年の合宿は、梅雨明け前だったようですが、どうだったでしょうか。ミュンヘンは、8月に入ってから冷たい雨が降り始め、暑かったワールドカップ期間中の気候が懐かしく思い出されるこの頃です。

今回のワールドカップ、私自身は、今までワールドカップには恵まれませんでしたので、まさに長年の夢が実現した大会でした。フランス大会の時は、高校生の長男と二人で行く予定をしていながら、直前の会社のサッカー大会でアキレス腱を切り病院の小さなテレビで寂しく観戦。そして、前回の日韓大会では、4試合分のチケットを入手しながら、開幕直前にドイツ赴任の辞令を受け観戦出来ませんでした。こうした過去二回の不運から、二度あることは三度あるのか、それとも三度目の正直となるのか気がかりだったのですが、幸い大会前に帰国辞令が出ることもなく、スタジアムでの6試合の観戦とテレビ観戦でワールドカップを堪能することが出来ました。

日本代表チームに関しては、期待はずれに終わったジーコ監督への失望や日本代表チームへの苛立ちを感じながらも、一方で、心の中では世界のトップレベルとの歴然とした差が明らかになったことに対する安堵感も抱いています。これは、長い間、ワールドカップに出場出来ること自体が夢のまた夢と感じてきた私の屈折した思いなのかもしれません。私がベネズエラで少年サッカーの指導を始めた24年前、自分の教え子の世代がワールドカップに出場するとは思ってもいなかったのですから・・・。

今回の大会で日本選手の課題として感じたのは、勝ちに対する執着心のなさ、淡白さです。そのことは、したたかなプレーで勝ち進んで行ったイタリアやポルトガル、技術的な弱点を激しい闘争心で克服したドイツ、あるいは、中田選手と他の日本人選手との違いなどを思い出して頂くとご理解頂けるのではないかと思います。象徴的な場面としては、対クロアチア戦での柳沢選手の決定的なシュートミスがあります。あの場面では、体ごとボールにぶつかって行く気迫が何よりも必要であり、その気迫さえあれば得点できたシーンだったと思います。

では、なぜ日本選手は、勝ちに対する執着心が薄いのか?技術的に優れていると言われながら、シュートが下手で得点が入らないのはなぜなのか?・・・私の答えは、小学生時代の「遊びの不足」です。

サッカーに限らず球技は"Play"であり、勝ち負けを競う遊びです。そこでは、勝ち負けが全てであり、勝ち負けにこだわるから面白いのです。勝ちに対する執着心が、得点を挙げるための工夫やシュートの巧拙につながって行き、遊びの中からイマジネーションが培われるのです。ところが、日本の少年達は、サッカーの原点である遊びの楽しさを堪能する前に、教えるサッカー、教えてもらうサッカーで育ち、その結果、良いプレーが出来れば試合に負けても満足してしまうという甘えが出てしまうように思います。

確かに日本のサッカーは、少年サッカーの普及とJリーグのスタートで急成長を遂げ、その結果としてワールドカップに出場出来るレベルに来た訳ですが、これから、さらに上のレベルを目指すためには、もう一度サッカーの原点に立ち返る必要があると思います。コーチや親の押し付けではなく、子供たち自身が負けることの悔しさを実感し、勝ちたいと思うようになるにはどうすれば良いのか、指導者の大きな課題です。

私もミュンヘンでの生活が4年を過ぎ、もしかしたら駐在生活最後の夏になるのではないかと感じています。オカニートの夏休み、今年は、キリマンジャロ(5,895m)登山に挑戦します。高山病と寒さの中で、登山経験のない私が登頂出来るかどうか分かりませんが、未知の高地での体験を楽しんで来ようと思います。

日本は8月に入って猛暑のようですね。みなさんどうぞお元気で。

以上

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